smoke blue

 

幾度もの輪廻を越えて、互いを殺し合ってきたのだと目の前の巨体は薄暗く笑った。
何度光の戦士が輝く剣を振るったところで結果など何も変わらず、結局何も救えはしなかったと震える猛者の声が、苦しみに喘いでいるように聞こえた。

「何度でも言ってやろう。貴様はここで死に、わしは永遠に生き続けるのだ!」
カオス神殿のどこからか、低く猛者の声が響いて消える。いつだったか彼は、光の戦士が存命しうる限り何度でも蘇り現れると言い残してどこかへ消えた。

なぜガーランドが己に敵意と憎しみを向けるのかを、ウォーリアオブライトは知らない。
この 世界に現れたときから己の意識に眠る「宿敵・ガーランド」の存在。なぜ自分と彼がどのようにして宿敵となったのか、彼が自分の何を知っているのか、彼の心に蟠る本当の闇は———彼が抱える本当の悲しみはどうすれば癒えるのだろうか。
猛者を倒すという使命が揺らいだことは一度もない。だが、ふとした瞬間に何も知らない自分をやるせなく思うことはあった。
もし宿敵としてではなく、ガーランドという一人の人間を理解してやることができれば、また新たな希望の光が見いだせるかもしれない。
何度も話すうちに、猛者は一人で闇の鎖にすがり付いているように見えた。光から逃れ、闇でしか自分を肯定してやれず、自らの手で闇の鎖に首を絞め付けては威嚇をする。 まるで暗闇に隠れて怯える子供のようにも思える。
そんな猛者を、ウォーリアオブライトはひどく哀れだと思った。

「一つ、問いたいことがある」
緩やかに上がる緋色のその先に、ガーランドは静かに佇んでいた。生ぬるい風が荘厳な神殿をざわりと包む。
「お前は永遠に生きて、何がしたい」
「何だと?」
「それほどまでにお前が執着する、心に残るものは何だ」
「……ふん、戯れ言を」

静まり返った神殿に、猛者の嗤い声が響く。静かな金属音と共に大剣が床に下ろされ、猛者は背後の玉座に腰を下ろした。
戦う雰囲気ではないのを察した勇者も剣を収める。無機質な鉄靴の足音を響かせて、勇者は猛者の前に立った。

「今目の前にいるお前を倒して訪れる平和は、恐らく一時的なものにすぎない。お前が何に苦しめられていて、どの鎖を絶ちきれば世界を———お前をも救えるのか知らなければならない」
「愚か者め。そんなことを知ってもどうにもならぬ」
「……私が知りたいのだ。お前は私の定められた相手。私の知らない私のことを、何か知っているのだろう」
「……!」
急激に間合いを詰めたウォーリアオブライトがガーランドの襟首を掴み上げるのと、彼の動きに反応してガーランドが立ち上がろうとしたのは同時だった。

「?!」
静寂が辺りを支配する。
目の前にあるのは倒さねばならぬ宿敵の顔であり、唇に確かに感じるものは———

先に動こうとしたのは猛者の方だった。
頭を後ろに引き体勢を立て直そうとするガーランドをウォーリアオブライトは押さえつけ、僅かによろめいたその隙に強引に玉座に押し倒した。
「……なぜ私はお前と剣を交えることしかできない」
「最初からそう言っておるであろう、貴様とわしは宿命の敵。戦う定めにあるのだとな」
「私が聞きたいのは、そのような逃げではない。一体何があって私はお前の宿敵になったのだ……!」

勇者の悲痛な叫びが、生ぬるい風とともに廃墟と化した神殿をすり抜けていく。普段感情を露わにせぬ若者が、眉間に皺を寄せ己だけに感情をぶつけてくるその様にすら猛者は愉悦を感じた。
実際のところ、ガーランドがいた世界でガーランドにとどめを刺したのは彼ではない。「光の戦士」と呼ばれる若者であったのは確かだが、その姿はもう朧げであった。
目の前にいる若者は、所詮その「光の戦士」の紛い物に過ぎない。精巧に作られた硝子細工の人形に等しい存在が己を救うだの、世界を救うだのと本気になって激情する様はただただ、ガーランドにとって哀れであった。

「じきに分かる。世界は貴様を裏切るだろう」
「私の問に答えろ、ガーランド!」
「さて、そろそろ飽いたぞ。貴様の闘志でわしを楽しませろ」
「ガーランド……!」
襟首を掴む手首を鷲掴み捻り上げると、ウォーリアオブライトが一瞬苦しそうに目を潜めたのが見えた。
そのまま後ろに放り投げるつもりだったが、さすがは「光の戦士」である。素早く受け身を取り、次の瞬間には剣の切っ先をガーランドに向けていた。
「貴様は存在理由を欲しがる幼子と変わらぬ」
「何が言いたい!」
「哀れなやつよ……そう思ったまでだ」

今度こそ、輪廻の死闘がその幕を開けた。飛び交う剣、崩れ落ちる城壁が互いの空気を一気に高めていく。
ガーランドの大剣が空中でうねり、素早く旋回してウォーリアオブライトの太腿に食い込んだ。
「逃さんぞ……」
「ぐっ……!」
負けじと受け身を取る勇者に、今度は暴風が襲い掛かる。竜巻を避けたと思えばその隙を狙うかのように灼熱の火球が高速で追い打ちをかけており、勇者は呼吸を整えて火球を避け、竜巻の反対側にいた猛者の背後から盾を投げつけ、素早く剣で斬りつけた。
「もらった!」
「ぬぅ!」
「受けてみよ!」
光り輝くエネルギーが飛び散り、更に戦意が昂ってゆく。息が上がり、口の中が血の臭いに満ちても、ウォーリアオブライトはガーランドから目を離さなかった。
次に攻め入る隙を伺っていると、突如として近くに光り輝くベルが現れる。このベルが何なのかは分からない。だが、自身の持つあらゆる力が最大限に強化されることだけは確かだった。
———この剣に、全てを……!
この一撃で終わらせる覚悟を剣に込める。
ウォーリアオブライトの全身が眩い光で覆われ、戦闘は絶頂に達した。
「……終わりだ!」
輝く剣がガーランドを貫いた瞬間、刹那の煌めきがカオス神殿を照らして消えてゆく。猛者は瀕死の重傷を負い、その場に崩れ落ちた。その手に剣はもう二度と握れないだろう。
これで終わったのだと脳が認識した瞬間、ウォーリアオブライトの膝もガクリと崩れ落ちた。先ほどの一撃以外にも肩や胴に猛者の剣を受けており、一撃が重い猛者の攻撃はウォーリアオブライトが今生きているだけでも奇跡であった。

「……ガーランド、……」
口からこぼれ落ちた声が、あまりにも頼りない。
不意に、戦いの前至近距離で見つめたガーランドの瞳を思い出す。
鎧の中から発光しているのかと思っていたが、窪んだ暗闇の中には確かに金の目があり、また触れ合った鉄の結合部からは温かな息を感じた。
猛者の、「生」を感じた瞬間だった。
今猛者はどのような思いで死に向かっているのだろう。
彼を死の淵へ追いやったことで、自分は本当に何か救えたのだろうか。
最後にどうしてもそれを確かめたくなって、勇者は動かなくなった足を奮い立たせて猛者の側へ歩み寄った。
「…………これで、良かったのだろうか」
土埃の混じる風が、轟々とウォーリアオブライトの頬を容赦なく殴り去っていく。言いようのない虚無感を感じて、ウォーリアオブライトは動かなくなったガーランドをただ見ていることしかできなかった。

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わしが最期に見た光は、あの若者の髪だったか、瞳だったか———