Resplendissamment!

彼は、甘いものを好まない。
幼い顔立ちをしている割に、ふわふわのシュークリームもとろけるようなプリンも、ミルクティーだってみんな一口楽しんでから「もう充分だよ」と言って残してしまう。
幼い頃から共に過ごしているミクリは一緒にいる中でそれらのことはとうに知っていたが、未だに不思議なものだなぁと思うことが度々ある。今だってそうだ。
「おや、綺麗なケーキだね」
まるで散りばめられた宝石みたい。
ダイゴの目にフルーツタルトのきらびやかな果物の色がキラキラと映り、その方が宝石のようだとミクリは思った。
今日はコンテストの関係でカイナシティに出張していたため、帰りにふと立ち寄ったショーウィンドウで目についたフルーツタルトをうっかり買ってしまっていた。夏らしくメロンやグレープフルーツ、桃などが透き通ったぷるぷるのジュレに固められていて、食欲がそそられるよりもその小さな銀色の台座に佇む美しさに手が伸びていた。
「お前はまた食べないのかい。これは果物が多いからそんなに甘くはないと思うんだが」
「僕はどちらかと言えば君が淹れてくれるハーブティーのほうが良いな」
「そうか。それは嬉しいことを言ってくれるね」
食べないとは分かっているが、ダイゴの前に置かれた皿にミクリはフルーツタルトをそっと乗せた。実はミクリもそれほど甘いものが食べられる方ではないので、いつもケーキはダイゴの前の皿だけに置かれている。
ふたり分のハーブティーと、ひとつだけのケーキ。それだけで、いつも充分だった。

「そういえば、毎回僕は食べないのに僕のお皿にだけ置くよね。どうしてなの。君が食べればいいのに」
「お前に先に食べて欲しいんだ」
「ふうん……いつも君が買ってくるのに?」
「はは、そうだよ」
「変なの」
ダイゴは目の前に綺麗に置かれたケーキにフォークを差した。大きくカットされた白桃が、つるりとダイゴの口に運ばれて消えてゆく。この調子だともう一口食べてくれるかな、とミクリは期待したが、ダイゴはグレープフルーツを掬ってそっとミクリに差し出した。
「美味しいね。さっぱりしていてこの時期にピッタリだな」
「そうだろう。カイナの海の色がショーウィンドウに映っていて、とても綺麗だったんだ」
「いいね。今度休みが重なったら、久しぶりにカイナで海水浴をやりたいな」
グレープフルーツが、ゆっくりとミクリの口の中で蕩けてゆく。ミクリの表情がゆるんだのを確認して、ダイゴは優しくフォークをミクリの口元から離し、そっと手元に戻した。
(この一口が食べたいから、いつもお前の皿にだけ置くんだよ)
今度はどれを食べようか迷いながらフォークをダイゴから貰おうとしたとき、ダイゴはふと悪戯っぽく笑いながら先程のフォークを口に含んだ。
「えっ、お前それ……さっき私が食べたものだけど」
「うん、知ってる。ふふ、美味しいなあ。ねえ、今度はミクリが食べさせてよ」
たまには、ね。
挑発的な目でゆるく見つめられたら、それは「勝負」の合図。
どちらの理性を先に手放させるかの、駆け引きの始まりだ。
「良いだろう」
フォークを持つダイゴの右手に、ミクリの唇がそっと触れる。
「どの果物が良いんだ」
「そうだなぁ、まずはこれがいいね」
ダイゴはその右手をそっとミクリの頬に滑らせ、そのままミクリの唇を優しく啄んだ。

 

 

ダイゴがヤーコンロードの開発に本格的に関わるためにイッシュへ旅立ってから今日でちょうど一ヶ月が経つ。
その間にもミクリはホウエンリーグチャンピオンとしてその座を守り、またコンテストマスターとしてアダンとともにホウエン各地をまわりエキシビジョンを展開していた。

「ダイゴさん、最近見ないなぁ。ちょっと寂しいですよね」
足元でハスボーに水浴びをさせていたハルカが、不意に呟いた。川の水はこんなに暑い中でも冷たく、ミクリもハルカも思わず靴を脱いで裸足で川の中に入っていた。
「ハルカくんは、ダイゴとそんなに会話をするような仲だったかな」
「あっ、ミクリさんほどじゃないですけど、でもバトルが強いからたまに戦いに行って色々育て方の話とか聞くのが好きでした、えへへ」
暑い日差しの中で、水浴びをして元気になったハスボーがぴょこんとハルカの頭に乗った。
少女とハスボーが戯れるたびに、きらきらと水滴が空中を舞う。
やはり水ポケモンは可愛い。ミクリもそっと腰元のボールに手をかけ、暑そうにぐったりしていた手持ちを目の前の川に向かって放してやった。
「わっ、ミロカロス相変わらず大きーい!うふふ、あなたも水が大好きだもんね。私がかけてあげる!それー!」
幾度もの対戦とコンテストでの切磋琢磨のうちに、ミクリの手持ちはすっかりハルカに懐いている。
嬉しそうにハルカにじゃれるミロカロスと、ハルカのハスボーを背中に乗せて泳ぐナマズンを見てほっと一息をついてからミクリは近くにあった岩に腰を下ろした。
(そういえばあいつもポケモンによく懐かれるから、きっと今頃現地で作業員の手持ちや新しく出てきた野生のポケモンと仲良くやってるんだろうな)
微笑ましい光景を脳裏に描きながら、ミクリは足元の水をぱしゃりと弾いた。

「ミクリさんて、ダイゴさんとすごく仲が良いのに寂しくなったりしないんですか?」
「ん?」
遊び疲れたのか、それとも大きなミクリの手持ちたちについていけなくなったのか、少しぐったりしたハルカがミクリの隣に腰をおろす。少し先ではミクリの手持ちたちが嬉しそうにハルカのハスボーと水遊びをして盛大な水しぶきを上げていた。
「寂しい、ねえ……。いつもふらっとどこかへ行ってふらっと帰ってくるのがダイゴだから、もう慣れてしまったよ」
「そういうものなんですか……」
「そうだね」
持ってきたポロックケースからポロックを一握り掴むと、ミクリは一斉に川に向かって放り投げた。それに気づいた手持ちたちがわれ先にと水中に潜っていく。
「何か不思議な感じですね。普通距離が離れちゃったら寂しくなっちゃって、頻繁に電話したくなっちゃったりしませんか?」
「ふふ、確かに君はユウキくんがチャンピオンロードにいるときによく電話をかけていたらしいからね」
「そっその話誰に聞いたんですか!かけてません!もう、話逸らさないで下さいよ!」
「ははは、ごめんごめん」
「よくあるじゃないですか、会えないから寂しくて電話したのに出ないから別れたとか、何で電話してくれないのーって怒って別れたとか。そういうの、ミクリさんとダイゴさんはならないのかなって」
「それよりもどうして私とダイゴが恋人のような関係にされているんだい」
「えっなんかそのほうが近いような気がして!友達よりももっと絆が深くて、家族よりもずっと一緒にいそうだなって。そう考えると恋人の方がしっくりきちゃって!あっ不愉快な気持ちにさせちゃったらごめんなさい……」
「いや、構わないよ。ふふ……恋人、ね」
どうやらもうこの少女には全て見通されているようだ。
(さすがダイゴが認めた原石だな)
ミクリはちらりとハルカを見やり、その澄んだ視線の鋭さに感心した。
「寂しくなることはないよ」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ。別に離れているくらいでは、気持ちは離れてしまわないからね。その程度の付き合いではないさ」
「幼馴染ですものね」
「ああ。あいつなら必ず元気にやっている。そう思っているし、私が彼を引き止めるよりも彼が自分の好きなように行動しているのを見ているだけでいいんだ。あいつが自分らしく振舞っているときの輝きが、一番美しいからね」
「そういうものかぁ~……」
水中のポロックを食べつくした手持ちたちが、もぞもぞとミクリの足をつついてくる。水中にいた野生のポケモンたちもポロックの匂いに釣られたようで、気がつけばミクリとハルカはたくさんの水ポケモンたちに囲まれていた。
「何ていうか、会える時を大切にするというよりも、会えない時間も含めて相手のことを大切にするんですね」
「そういうことかな」
「なるほど……。さすがミクリさん、勉強になります」
「ふふ。さて、そろそろ引き上げようか」
「はい!おいでフライゴン!ミクリさんも一緒に乗って行ってください!」
大きな鳴き声をあげて、フライゴンはハルカのもとにボールから姿を現した。長い時間ボールに入れられたままだったのが窮屈だったのか、必死にハルカに頭を摺り寄せる仕草が愛らしい。ミクリも手持ちたちをボールに戻すと、フライゴンの頭を撫でてからハルカの後ろへ跨った。
「ありがとう、ハルカくん。世話をかけるね」
「良いんです、これくらい。あたしが今日は誘ってもらって嬉しかったし。さあ、ルネにお願いね!」
大きな風を巻き起こして、フライゴンは一気に上空へ駆け上がった。
暑い夏の日差しが、直に二人を照りつける。大きな入道雲がもくもくと空を流れていくのを見て、ミクリはこの空の遥か先にいる恋人のことを思い目を閉じた。