「これを、私に……?」
常に揺るぎない光を映す瞳がぱちぱちと瞬く。
彼の———光の戦士の手の中には、あたたかいピンク色のリボンで束ねられた小さな花束があった。
「そう、ライトさまかみのけしろくてきれいだから、しろいお花あつめたんだよ」
「このリボン、このお花にピッタリだからライトさまにもぜったいにあうとおもうんだ~。あたしのおきにいりだけどあげる!」
キャッキャとはしゃぐ幼い少女たちは、確か先日モンスターに襲われていたところをウォーリアオブライトが救った子たちだった。
小さく束ねられた白い花は、畑のそばで咲いていたものだろうか。
数年前、偶然全ての記憶を持ち合わせたままコーネリアに現界してからいくつもの季節をガーランドとともに過ごしてきた。
この花も何度か見たことはある。
もっともウォーリアオブライトは闘争しかない異界以外で生活するのは初めてだったので、花の名前どころか「人間の生活」を覚えるところから始まったのだが。
「ありがとう、大切にしよう」
「やった!ライトさまだいすきー!」
「またねー!」
手を振って駆け出す少女たちを見送り、光の戦士も家路につくべく立ち上がった。
傾いた太陽が雲間に溶けて混ざっていく。
まるで花に巻かれたリボンのように熟した空を見ながら、すっかりこの帰り道にも慣れてしまったなとウォーリアオブライトは目を閉じた。
「…………幼子どもに貰ったか」
「お前はあまりこの花が好きではないのか?毎年私が見ようとすると手を引くだろう」
「貴様はこの花の名前を覚えているか」
「覚えるも何もお前は教えてくれなかったぞ」
帰宅早々苦い顔をしたガーランドをじっとりと睨むと、猛者はため息をついて長く使われていない硝子のカクテルグラスを持ち出した。
無骨で大きな手が小さな花束を摘むと、手際よく茎を切り落としてゆく。
古びたカクテルグラスがあっという間に小さな生花になり、味気なかった食卓に白い彩りが灯る。
「この花はコスモスという」
「コスモス、か……。………………さては花に妬いたか?」
「………………」
「お前、そういうところは本当に可愛いな」
「今すぐ手酷く犯されたいのか?」
「良いぞ、受けて立つ。……私が身も心も許すのはお前だけだと、何度でも実感してくれ」
優しく細められたアリスブルーが、ガーランドの心に染み渡っていく。
———この花は長らく苦手だった。
調和の女神の名を冠する花が咲く季節になるたび、花を見つめる優しい青年の横顔にチリチリと心の隅で闇が燻ってしまう。
まるで海のように咲き誇る花畑の中にひとたびこの光の青年が飛び込んでしまえば、そのまま花に包まれ二度と帰ってこなくなるような気がしてガーランドは毎年足を止めようとする青年の手を無言で引き続けた。
「……名は正直忌々しいが、この花が貴様によく似合うのも事実だ」
「そうか」
「幼子どもが花言葉まで知っておるとは思えんが、なかなか的を得ている」
「はなことば?」
「この色の布も、普段の装備を外した貴様にはよく似合っている。幼子の感覚というのも馬鹿にできんな」
花を束ねていたリボンを青年の手に返そうとしてやめた。
ガーランドは青年の背後に回ると、柔らかい毛並みをそっと撫でる。
懐かない手負いの猫のごとく激しい抵抗を繰り返した青年が、こうして大人しく身を委ねてくれるのが愛おしい。
大きな手を器用に丸めながら、ガーランドは青年の髪をまとめてリボンで束ねた。
「似合うぞ」
「そうか。なら毎朝お前に髪を結んでもらうとしよう」
「なに?!」
イタズラが成功したように笑うその顔は、闘争を繰り返していた輪廻では決して見られなかった表情で。
青年の歓びに色付く頬に唇を寄せる。
すかさず首筋に回された腕を愛おしく思いながら、女神のいない世界でガーランドもまた穏やかに微笑むのであった。 |