精一杯の祝福を(前編)

平日の昼下がり、ウォーリアオブライトは自宅で勉強に取り組んでいた。
ガーランドと偶然再会を果たしたのはつい半年ほど前の冬で、世間一般では高校生に相当するウォーリアオブライトは天涯孤独の身であった。
児童保護施設をその日のうちに抜け出し、転がるようにガーランドの家に駆け込んで抱きしめて、たくさんキスをしたのは昨日のように鮮明な記憶で。
大学を諦めて就労するつもりだったウォーリアオブライトに大学へ進学するための教育費を即施したのもガーランドであった。
流石に一流の大学を目指すとなれば今までの勉強量では到底足りない。
そのため週に何度か家庭教師が来て、それ以外はこうして彼が自主的に勉強している。

———ピンポーン

普段から鳴らないインターホンが珍しく鳴った。
来客の予定もなく、そもそもこの家を知る人間など片手で足りる程度。
近所の家と間違えたのかもしれないと思いながら、インターホンを覗く。

「何の用だ」
「宅配のお届けです、ガーランド様のご自宅で間違いないでしょうか?」
「宅配……?」

何も聞かされていないし、心当たりもない。
だが、この家に住む家主の名前は確かにガーランドである。
頭を疑問符でいっぱいにしながら、ひとまずウォーリアオブライトは宅配の業者から荷物を受け取った。

「確かにガーランド宛だ。差出人は……ん、コーネリア……? まさか国王陛下か?!」
かつて世話になった国王、コーネリア陛下。
何の因果か当世ではガーランド直属の上司であり、社長である。
もちろんウォーリアオブライトがガーランドの養子になったとき、挨拶も済ませていた。
しかし仮に仕事の備品や書類であればガーランド本人が直接持って帰ってくるはずであるし、そもそもあのおとこは家に仕事を持ち込まない主義である。
荷物の中身に検討が皆目つかない中、さらにインターホンが鳴った。

「今度はゴルベーザから……? 一体今日は何の日だ?」
丁寧に高級洋菓子店のものと分かる包装紙で送られてきたものは、かつて異界でも世話になった友の兄からであった。
どうやら中身はチョコレートの詰合せらしい。
敵の陣営ではあったが、彼が友に似て律儀な人格者であるのはウォーリアオブライトも知っていた。
コーネリア陛下といい、ゴルベーザといい、なぜ今日はガーランドに荷物が届くのだろう。
結局ウォーリアオブライトはガーランド本人が帰宅するまで荷物の謎が分からないままであった。

 

 

「誕生日?!」
「この歳になって祝われても特に嬉しくもないが、陛下もゴルベーザも律儀に毎年贈ってきよる」
「き、聞いてない……」
「特に言う必要もなかろう。先も言ったが、この歳で祝われても嬉しくも何ともないぞ」
「それとこれとは別だ!」

どうやら今日はガーランドが生まれた日らしかった。
前世のコーネリアにおいて、二人で結ばれた日を祝うことはあっても個人が生まれた日を祝う習慣はなかった。
だが当世は「誕生日」を祝う習慣があるらしい。
戦いに身を投じることしか知らず、当世でも親の顔を知らずに施設で育ったウォーリアオブライトに「誕生日」はなかった。
別に不満などなかったし特に必要ないだろうと考えていたが、この世にたった一人の愛おしいおとこの記念日ともなれば話は別である。

「お前は一番大事な私に真っ先に祝われたくなかったのか?」
「そう拗ねるな。貴様に伝えていなかったことは悪かったと思っている」
「………………」
「はぁ、まったく。貴様が毎日儂の横におることがどんな奇跡よりも幸福なことか、散々伝えてきたつもりだが?」
「………………」

違う、こんな会話をしたいのではない。
今日がガーランドにとっての大切な日であるというならば、心から祝福して幸せな一日にするのが伴侶としての最適解だと理解している。
大切な日を伝えられていなかった衝撃と悲しさと、くだらない意地を張ってしまう未熟な心をどうにか制御して謝らなければ。
しかし闘争のない平和な世界で育った未熟な心は、勝手に目から溢れ出てしまう激情を止めるすべを持たなかった。

「……ライト」

大好きな温かい指先が、そっと優しく目元をなぞる。
ザラリとした、皮の厚い太い指先。穏やかな声が、そっと耳から伝わってくる。

「来年は、真っ先に祝ってくれるか」
「……当たり前だ」
「そうか、儂は果報者だな」

背に回された腕と柔らかい胸筋に挟まれて、大好きなガーランドの匂いがする。
ウォーリアオブライトも負けじと大きな背中に腕を回し、容赦なく力を込めて抱きしめた。

「おめでとう、ガーランド」
「うむ」

ガシガシと頭を大雑把に撫で回される、その時間が好きだった。
散々撫でたかと思えば、なぜかこの男はウォーリアオブライトの旋毛を吸う。それだけは未だに慣れないけれど。

「今夜は好きにしていいぞ」
「馬鹿を言え、貴様が二十歳になってからだ」
「特別な日だというのに?!」
「儂とて令和でなければ即この服ひん剥いていたわ!!だが今の時代、合意であっても未成年との性行為は違法。儂を犯罪者にしたくなければ我慢しろ」
「ぐっ…………!」
———誕生日でも駄目か……!

元来高潔な騎士であり真面目なガーランドは、この時代に相応の倫理観を正しく備えていた。
だがしかし、散々前世でも輪廻でも体を暴かれてきたウォーリアオブライトからすれば非常にもどかしいのもまた事実だった。
自分の体を差し出せば解決するとは思っていないが、今までガーランドが一番喜んだのは己の体だったのもまた事実で。

「お前にあげられるものが本当に何もないな……」
「だから貴様こそが一番の宝だと何度も申しているだろうに」
「いや、他の者に遅れを取った悔しさが今喉元まで来ている」
「フッハハハハハ!!愛いやつめ!!」
「笑うな!!くっ、見ていろ!絶対に今年のプレゼントをお前に渡して驚かせてやる!!」

どうすればこのおとこにとびっきりのプレゼントを贈れるのか。
負けず嫌いの光の戦士、ウォーリアオブライトの心に闘志が灯る。
ひとまず腹いせに力いっぱい抱きしめたあと、笑いに震えるガーランドの大きな背中を思いっきり叩いてやった。