深夜2時の薬

灯りの少ない道路を、気持ちだけは高速で車を走らせる。
普段はガーランドが運転するのだが、ウォーリアオブライトも一応免許証は持っている。
ゆったりとした肌触りの良い運転席のシートはガーランドに見合う特注品で、深く腰掛けるとかすかにガーランドのにおいがした。
———会いたい。早く帰りたい。

ガーランドが玄関で崩れ落ちた瞬間、頭が真っ白になった。
ガーランドは前世では騎士団の団長として常に前線で剣を振るい、混沌の陣営を率いながらウォーリアオブライトと壮絶な闘争を幾度も繰り広げていた。
そう簡単に体調を崩す人間ではないことくらいウォーリアオブライトも長い付き合いでよく知っている。
ガーランドの死に顔だって何度も見送ってきた。
それなのに。

「帰った。……ただいま」
真っ暗な廊下は静まり返っている。
普段はきちんと揃えて脱ぐ靴を蹴散らし、ウォーリアオブライトは急いで手洗いとうがいをした。
一直線に寝室へ向かうと、間接照明がぼんやりと室内を照らしている。
出かけたときのままであった。

「ガーランド?寝たのか?……生きているか?」
かつての宿敵に顔を寄せると、規則正しい寝息が耳に入った。
こうしてガーランドの熟睡する寝姿を見たのは、ウォーリアオブライトの記憶を辿っても初めてであった。
(いつもは、私の気配ですぐ起きるのに……)
どんなに疲れていようとも、どんなに怪我を負っていようとも、光の戦士の気配には人一倍敏感なのがガーランドという猛者で。
激しいセックスのあとでもウォーリアオブライトが少しでも身じろぎすれば「無茶をさせたか」と穏やかな声で頭を撫でてくる優しいおとこであった。

そんなおとこが、固く瞼を閉ざして深く寝入っている。
そっと手を伸ばして指先で優しく額のシワに触れた。
常より高い体温が指先に伝わってくる。

「…………早く、良くなるといいな」
少し乾いた唇をそっと撫でたあと、起こさないように優しく啄んだ。
薬と水分は起きたときに飲ませてやればいい。
眠るおとこがいつ起きても良いように、ウォーリアオブライトはベッドの真横に腰を下ろして読みかけの本を開いた。

 

ふと、ガーランドは目を覚ます。
どうやら帰宅してからすぐに寝てしまったらしい。
頭と体が重く、恐らく熱があるだろうということは何となく理解した。
部屋がまだ暗いことから、恐らくまだ深夜だろう。
喉の乾きが酷かったので、水でも飲もうと寝返りを打つと冷たい何かが肘に触れた。

「これは……?ふむ、経口補水液か」

枕元には山のように経口補水液のパウチが積まれている。
10は超えるであろう数にガーランドは苦笑いをした。
そして、その下で蹲るように眠る白い毛玉をワシワシと撫でる。

「そんな格好でいては貴様が風邪を引くぞ」

声が少し掠れていたので、遠慮なく枕元のパウチを1つ吸い尽くす。
どれだけ焦っていたのか、毛玉———ウォーリアオブライトは上着も脱がず、鞄もそのままでガーランドのベッドに凭れかかっていた。
すぐ横のレジ袋を漁ると解熱鎮痛薬、栄養ドリンク、ゼリー、レトルト食品、冷却シートなどがこれでもかと詰め込まれている。
正直この程度の疲労など数日もあれば快復するのだが、玄関先で崩れ落ちたところを見たウォーリアオブライトには相当心配をかけたらしい。
いきなり買い物に行くと言い出したので財布と車の鍵を渡したところまでは覚えていたが、こんなに買い込んでくるとは思っていなかった。

———愛されている。

口数が少なく意地っ張りで、なかなか素直になれない愛おしい青年。
言葉にするとつい棘がついたりして喧嘩になることもしばしばあるが、こうして自分を思いやる行動には不器用ながらも青年からの愛情を感じることができた。
だからこそ、自分も彼を大切にしたい。
熱で怠い体に鞭打ち、上着を脱がせてから彼の部屋に運ぼうとしたがやめた。
目が覚めたときに、不安にならないように。
そっと自分の布団に横たえて、自分もその横へ再び寝転がる。
どんな薬よりも、この温かな毛玉こそがガーランドにとって何よりの薬であった。