「今日は星が綺麗な夜だから、久しぶりに散歩でもしないか」
ミクリに誘われてルネの夜道を歩くことになったのは、半時間ほど前だった。
今日の夜は、ミクリが仕事終わりに寄ったスーパーで見つけたスモークサーモンとモッツァレラチーズの軽いサラダをつまみ、久しぶりにワインの瓶を開けて楽しんでいた。
ここのところミクリにはチャンピオンの仕事に加えてコーディネーターとしての仕事が立て続けに入っており、ダイゴにはイッシュ地方のヤーコンロード開拓の手伝いという仕事が重なり、今日はほぼ数ヶ月ぶりに二人で過ごせる夜なのだ。
「この町の夜は、いつ見ても美しいね」
「そうだろう」
「うん。暗い中に白い町並がぼんやり光っていて、小さな窓の灯が蛍火に見える。素敵だよ」
「お前も案外ロマンチックなことを言うんだな」
「はは、君も相変わらずとてもくすぐったい言い方だね」
静かな夜道に、二人の足音とダイゴが連れ出したボスゴドラの足音がゆっくりと響く。さらりと頬を撫でる潮風は、互いの心に懐かしい記憶を運んだ。
「君とこうして歩くのも、いつぶりかな」
「さあ……。お前が小さい頃は、よく私が背に乗せて星空を見せてやったね」
「君は背が高いから、より星たちに近づける気がしたんだよ」
昼間は透き通っていて美しい碧色の海面が、今はまるで宇宙の一部のように深い藍色に輝いている。その上には星明かりを反射した水面がきらきらと揺れていて、まるで星たちが生きているように見えた。
幼い頃ダイゴは空に浮かぶ星たちがほしいとミクリにねだり、流れ星が降る夜はいつもミクリが肩車をしてこの海岸で「星あつめ」をしていた。流れ星を追うのに夢中になるうちにいつの間にか海の中で水を掛けあって遊んでいて、アダン師匠の家に帰った後にこっそりと庭でシャワーを浴びるのが二人の夏だった。
あの頃足元で一緒にじゃれあっていたココドラはすっかり大きなボスゴドラになり、海の中で気持よさそうに跳ねていたヒンバスは、星空のきらめく水面の中を優雅に泳ぎながら陸にいる主人たちを見守っていた。
「あっ、流れ星だ!」
「おや、今日は久しぶりに降る夜なのかもしれないぞ」
不意に、空がキラリと瞬いて白い星が燃える。ルネの丸い夜空は、どんな世界の夜空よりも美しいとミクリもダイゴも誇りに思っていた。
「何だか、星が泣いてるみたいだな」
「そうかい?」
「うん。寿命を終えて、この世を去る星たちが最後に見せる涙が流れているみたい」
「…………」
「たくさんある星の中で、誰にも気づいてもらえなかったかもしれないその存在を、精一杯誰かに見てもらいたいのかもしれないね」
ボスゴドラの鋼の体に星空が反射してキラキラと輝いている。
ミクリの隣にいるダイゴの表情は、ちょうど彼の髪の毛に隠されていて見えない。
色素の薄いダイゴの髪の毛は、暗いルネの夜の中でも優しく光を反射している。その髪を少し指で払いのけると、こちらを見つめるペールターコイズと目があった。
「イッシュは、楽しかったかい」
「まあ、それなりにね」
「価値観の違う人達に囲まれて、疲れただろう」
「そんなこともないよ。仕事だからね」
「そうか」
数ヶ月ぶりに触れた唇は、少しかさついている気がした。
背中に手を回せば、特に抵抗もなくダイゴはミクリの腕の中に収まった。
ダイゴの体温と、すこし堅い筋肉の感触、それにちょうどいい体格。
そのすべてが埋まると今まで足りなかったものが満たされてゆく感じがして、ミクリはそっとダイゴの首筋に唇を寄せた。
(お前の流す心の涙は私がいつでも受け止めるよ)